研究プロジェクト

研究プロジェクト

2022年度

宗教から「公共圏」と「世間」を問い直す
Reconsidering the “Public Sphere” and “Seken (the world, worldly matters) ” from the perspective of religion

 宗教共同体や宗教者が公共圏にどのような仕方で参与するかという問題は、本学会における根本的テーマの一つであるが、このテーマは、ポスト世俗化時代と言われる今日、公共圏そのもののあり方から考察される必要がある。

 世俗化論が盛んな時期に、世俗化とは「宗教全般の消滅」を意味するのか、それとも「宗教の私事化(見えない宗教)」にすぎないのかなどの議論があった。1979年にイランイスラーム革命が起こり、東西冷戦の終焉に伴い各地の宗教紛争が目立ち始めると、宗教の復興と言われるようになり、世俗化論は低迷し消滅した。「公共圏の宗教」は、宗教の私事化への異論として議論され始めた経緯もある。「世俗化」と同様に、「公共圏」や「公共圏の宗教」の概念についても、それが普遍的モデルなのか、キリスト教特有のモデルなのか、といった議論が分かれている。

 「公共圏」とは公的な事柄について多くの人々が互いに平等な立場で自由に議論する社会空間であり、公共圏の成立とともに近代市民社会が成立したというのが、私たちの共通の理解であろう。日本は近代化に成功し議会民主主義を確立しているが、公共圏が未発達であるという指摘も以前からあり、そのときに引き合いにだされるのが「世間」である。「世間」について、井上忠司は「ナカマウチ」から「アカのタニン」へと広がる同心円的な重層構造をもつものとして説明し、阿部謹也はヨーロッパ中世において支配的であった非合理的な社会と重ね合わせつつ、個人が集団のなかに埋没した社会空間を意味するものとして説明しているが、日本の生活に溶融した宗教文化や仏教の出世間との関係など、宗教の問題連関から考察されるべき点は多く残されている。

 昨年の研究会と夏季研修会で議論した結果、公共圏という考え方も用語も日本人にはなじみがないことを改めて認識させられた。したがって今年度の課題は、世間の意味をより綿密に問い、同時に「宗教と公共圏」のテーマで考察されている問題が何かを問い直し、その問題が日本ではどう扱われているのかを考える。端的に言えば、「世間」を生きてきた日本人が「公共圏」をどう捉えるか、宗教の観点から問い直すことを2022年度の研究テー マとして設定し、宗教の社会的実践についてのより深い考察へとつなげたい。会員の積極的な発表と議論参加を期待したい。

第1回研究会

日時
2022年4月28日(木)18:00-20:00
場所
zoomミーティング
講師
澤井義次(天理大学名誉教授)
演題
日本の宗教性と「世間」の関わり
コメンテーター
佐々木閑(花園大学教授)

 澤井氏は、日本の宗教性と「世間」の関わりを意味論的視座から検討することで、「世間」のおもな特徴を分析したうえで、「世間」が日本的「公共性」とも呼ぶことができること、さらに「世間」と「公共圏」には意味のずれが見られることを明らかにした。
 まず、澤井氏は現代日本の宗教伝統において、「生活慣習としての宗教」と「個人の宗教的信仰」(信仰としての宗教)が意味論的に重なり合っており、宗教の多元的・重層的な意味構造を構成していると述べた。特に「生活慣習としての宗教」は、ふだん人々によって「宗教」としてほとんど自覚されていないが、それは長い歴史の伝統の中で形成され、日本文化の基層を成してきたという。さらに「生活慣習としての宗教」は、澤井氏によれば、「世間」の構成要素の一つを成しており、個人がつくったり、変えたりすることはできないものである。「世間」とは人々に「生活の指針」を与え、「集団で暮らす場合の制約」を課している。日本文化論で知られる阿部謹也がハーバーマスの「公共性」の議論をふまえて、「公共性としての「世間」」と呼んだように、「世間」は日本的「公共性」と表現することもできると澤井氏は強調した。
ところで、明治10年頃、societyの翻訳語として「社会」の語が定められると、「世間」という語は公的な舞台から消えていったという。翻訳家の柳父章も指摘するように、「社会」の意味は抽象的で、「世間」の意味は具体的である。「世間」の語は「社会」と違って、日本語として千年以上の歴史をもつ語感の豊かな日常語である。「世間」は「生活慣習としての宗教」の具体的なコンテクストを成しているが、「公共圏」は私たちの主体性にもとづく「個人の宗教的信仰」を前提とした公共性の圏域を示している。したがって、「公共圏」と「世間」の意味は、知的レベルでは理論的に重なっているが、翻訳語の「公共圏」および「公共性」は、「世間」という日本の具体的な状況を適確に表現できず、両者には意味のずれが存在すると指摘して、研究発表を終えた。
 澤井氏の研究発表を受けて、コメンテーターの佐々木氏は、「世間」と「社会」の意味の差異に注目しながらコメントした。まず、佐々木氏は「世間」が「刷り込み共同体」であると捉え、その中で人々は所与の価値観や世界観を与えられてきたと述べた。宗教も「世間」の一部であり、日常生活の一部を成しているという。一方、「社会」とは「利得にもとづき、権利を主張する場」であると述べた。今日の状況では、テレビや新聞が「社会」に当たり、ネットが「世間」に当たるとも言い、現在、一般的に言われる「私たち」という言葉は、「世間」の代替語として用いられていると言うことができるとも述べた。
 その後の全体討議は、研究プロジェクト委員長の小田氏の司会のもと、研究テーマについて活発な議論がなされた。まず、今回の研究発表をとおして、「公共圏」と「世間」の意味とその差異が明らかになったとのコメントが述べられた。また日本仏教において、法然や親鸞が浄土教の教えを説いたことで、それ以前の「世間」のものの見方を打破しようとしたとの解釈も提示された。さらに澤井氏が指摘した日本の宗教性と「世間」の関わりに関する意味論的分析は、日本文化以外にも当てはまるのではないかとの問いが提起された。その問いに対して、日本の「世間」では、地縁・血縁の関係によって支えられてきたが、一方、西洋のキリスト教社会では、「世間」が究極的に一神教的な教義によって縛られていた。このように宗教と「世間」の関わりについて、差異が存在するのではなかろうかとの応答が提示された。さらに日本的「公共性」では、「個人」が「世間」に吞み込まれているきらいがあり、日本社会には、厳密な意味で「個人」が存在しないと言えるかもしれないとの意見も提示された。
 ところで、日本文化は「言葉で言わなくても分かり合える世界」であり、「公共圏」について議論することも難しいし、「公共圏」を作り上げることも難しいのでは、とのコメントが提示された。また今日、「世間」の変容スピードが速いこともあって、世代間の断絶が生起していると言われるが、そうした状況であっても、「世間」は姿を変えながら存在しているとの意見も述べられた。さらに「世間」における神道や仏教などの宗教の違いは、明治以後に形成されたものであり、明治以前には、その違いがあまりなかったのでは、との意見も提起された。
 最後に、澤井氏は全体討議における充実した議論に触れながら、日本の精神風土では、意味世界の二重性が見られるが、人々の心は二重の意味世界のあいだを常に揺れ動いてきたと述べた。またコメンテーターの佐々木氏は、澤井氏の補足説明を受けて、インドのカースト社会は従来「世間」であったが、カースト差別を否定する「社会」へと変化しつつある例を挙げて、さらなる議論の展開に言及し、充実した内容の活発な全体討議を終えた。

第2回研究会

日時
2022年5月27日(金)18:00-20:00
場所
zoomミーティング
演題
本年度の研究テーマに関する自由討議
コメンテーター
司 会:小田淑子(研究プロジェクト委員長、元関西大学)

 第2回研究会では、第1回研究会での討議をふまえて、本年度の研究テーマについて、小田氏の司会のもと、参加者のあいだで活発な自由討議がおこなわれた。主要な論点は、「公共圏」および「公共性」とはなにか、また宗教と「公共圏」および「公共性」との関わりについてであった。ここに、おもな討議内容を簡潔にまとめておきたい。

 

「公共圏」および「公共性」とはなにか

第1回研究会を振り返って、まず、「公共圏」と「世間」の意味理解に関する発言があった。つまり、「公共圏」とは、個人が他者と対等に討議し合う空間であるのに対して、「世間」は個人よりも集団の利害が優先される空間である。そこでは、因襲化した宗教実践も伝統的におこなわれてきた。こうした状況は、日本ばかりでなく海外にも見られ、「公共圏」と「世間」は重なり合いながら存在してきたのではなかろうかとの見解が提示された。

つぎに「公共性」や「公共圏」の語は、確かに近代の概念ではあるが、古代以後の脈絡においても、「公共」の概念を捉えなおすことが大切なのではないかとの意見が述べられた。しかし、「公共圏」の概念は近代になって、自由と平等の場を前提としたものであり、国家と民衆のあいだに位置づけられる。したがって、近代以前にまで視野を広げると、国家が人々の自由を容認していなければ、「公共圏」は成り立たないのではないかとの見解も提示された。

 もう一つ別の意見として、「公共圏」は固定的なものではなく、その都度生み出されて、民衆が同じ志をもって共同で実践することを可能にする場であるとの理解が述べられ、「世間」を日本的な「公共性」や「公共圏」であると捉えなおすことを支持する発言もあった。ただ、日本的な「公共性」が個人にとって抑圧的に働いてきたことはよく認識すべきであるとのコメントが述べられた。

 さらに、民主主義の土台は「公共圏」であり、それは理念的なものである。したがって、「公共圏」における宗教は、依然として理念的であるとの意見も提示された。それに対して、「世間」とは具体的に私たちが知らないうちに巻き込まれて生きている場である。明治以後、「世間」を「社会」として表現するようになったが、「世間」のなかに「公共圏」を形成していくことが、現代日本社会の課題であるとの意見も述べられた。

 言うまでもなく、「公共性」や「公共圏」の語は翻訳語であり、いまだ抽象的な意味あいが強い。人々によってその語の意味理解も異なっている。「公共性」の概念については、斎藤純一(『公共性』岩波書店)がオフィシャル、コモン、オープンという3つの側面を挙げているように、これら3つの側面はそれぞれが対抗し合っている。このことは「公共性」や「公共圏」が一筋縄では理解できないことを示唆しているとの指摘がなされた。

宗教と「公共圏」および「公共性」との関わり

 もう一つの論点は、宗教と「公共圏」および「公共性」との関わりについてであった。この点については、インド社会におけるアンベードカルの新仏教運動が具体例の一つとして取り上げられた。この仏教復興運動はアンタッチャブル(不可触民)を「世間」から「公共圏」へもたらそうとした試みであったと言える。アンベードカルの新仏教運動は仏教の力を借りた「公共圏」獲得の運動であったと捉えることもできるとの指摘がなされた。ただし、現代インド社会では、アンベードカルの新仏教運動はアンタッチャブルのあいだに多くの新仏教への改宗者を生み出したが、ヒンドゥー社会では、それが「一つのカースト」のようにみなされてきた事実がある。私たちはそのことはよく認識しておく必要があるとの見解も提示された。

 ともあれ、「公共性」は教育に依らなければ育たない。(逆に言えば、「世間」は特別な教育がなくとも存続するという性格をもつ。)したがって、「世間」のなかに、いかに「公共性」を形成していくのかが今後の課題であるとの意見も提示された。この点と連関して、現在、ロシア正教会はウクライナ侵攻を続けるロシアを全面的に後押ししているが、こうした状況は、国家と「公共圏」の関係を問いかけているし、日本の戦前の宗教のあり方と共通するものがあるように思われるとの指摘もなされた。

 翻訳語としての「公共性」は場所や時代に応じて変わっていく。今日、伝統的に存在してきた「世間」は次第に壊れてきており、その内容も変わっていくと言われるが、慎重に検討すべきだろう。たとえば、医の倫理と「世間」の関わりにおいて、現代では、患者本人に病の告知をおこない、本人が自分の治療方法を選択でき、個人の意見を尊重するという流れになっている。ところが、個人の意思確認ができない状況では、個人の意思が明瞭であるにもかかわらず、家族や親族が本人のためにとの配慮から、異なる判断をする場合もあるという。「世間」との関わりから捉えなおすとき、医療現場はリアルであり、依然としてさまざまなケースが見られるという。こうした、いわば現場の声も提示された。

 

 以上のように、研究会での自由討議をとおして明らかになったことは、まず、翻訳語としての「公共圏」および「公共性」の語の意味内容がいまだ抽象的で多義的であること、また、どのような意味で「公共圏」および「公共性」を論じるのかによって、見解も異なってくるということである。さらに、「公共圏」と「世間」との差異をいっそう明らかにしながら、現代社会における宗教の意義を探究していくことの重要性をあらためて確認することができた。

第3回研究会

日時
2022年6月30日(木)18:00-20:00
場所
zoomミーティング
講師
福嶋 揚(東京大学大学院・立教大学大学院 講師)
演題
枢軸時代の研究史と現代的意義
コメンテーター
氣多雅子(京都大学名誉教授)

 福嶋氏の研究発表は、キリスト教神学と倫理学の視点から、現代の危機に対してキリスト教がいかに対峙できるのかという問題意識にもとづき、ヤスパースが言う「枢軸時代」(Achsenzeit)論を取り上げ、彼が待望していた「第二の枢軸時代」の可能性を哲学的・神学的に考察するものであった。ヤスパースが言う「枢軸時代」とは、紀元前500年頃を中心とした前後数百年間に、伝統的な宗教や思想が中国、インド、中東、西洋において、ほぼ同時に現われた時期のことを指す。ヤスパースは「枢軸時代」を人類史の中心に据えて、人類が4回の刷新―先史時代・古代高度文化・枢軸時代・科学技術時代―を経て、統一した「一つの世界」に向かっていると考えた。

 福嶋氏はまず、ヤン・アスマン『枢軸時代』(Jan Assmann, Achsenzeit, 2018)におもに依拠しながら、「枢軸時代」研究史をヤスパース以前・ヤスパース自身・ヤスパース以後の三段階に分類した。また仮説として、ヤスパースの「枢軸時代」に、国家と資本という二重の権力への対抗社会の形成、いわば「第三の力」の起源と原型を見出し、そこに「枢軸時代」の現代的意義すなわち「新たな枢軸時代」の可能性を捉えることを試みた。ヤスパースはキリスト教中心主義を脱しようとしたが、彼の「枢軸時代」概念はキリスト教的「啓示」概念の変形としても捉えられると福嶋氏は述べた。

 アスマンは『枢軸時代』の中で、18世紀のオリエント研究者のアンクティユ‐デュペロンを「枢軸時代」論の創始者とみなし、アンクティユに始まりヤスパースを経て宗教社会学者ロバート・ベラーにまで至る、約二世紀半におよぶ「枢軸時代」研究史を辿っている。「枢軸時代」研究は多様であるが、そのことはヤスパースの「枢軸時代」概念それ自体が孕む二義性、すなわち史実と理念の両義性に起因しており、さらに研究者の政治的立ち位置やイデオロギーとも無縁ではない。さらにヤスパースからアスマンに至る「枢軸時代」論には、資本主義への根底的批判が希薄であるように思われるが、「解放の神学」などは現代の危機的状況の中で、「枢軸時代」に新たな光を投じていると福嶋氏は述べた。さらにヤスパースが示唆した「新たな枢軸時代」は、自由、平等、公正、共感、純粋贈与という理念を持ち、「剣を鋤に打ち直す」平和創造として、古代の枢軸時代と全く異なる実践となるともいう。最後に、「枢軸時代」を起源とする宗教が今後も普遍的な意義をもつことができるのは、それが真に自由で平等で公正な社会へと向けて、具体的な歩みを続けるかぎりにおいてであると述べて、研究発表を終えた。

 その後、研究プロジェクト委員の澤井氏の司会で、氣多雅子氏のコメントと全体討議がおこなわれた。まず、氣多氏はヤスパースの「枢軸時代」概念において、史実だけでなく理念を持ち込んだ歴史理解がどれだけ説得力をもつのか、あるいは「枢軸時代」を歴史叙述とすれば、それは空想的なのではなかろうかという問いを提示した。「枢軸時代」の視点から歴史をとらえるとき、ヤスパースは人類が「唯一の起原と一つの目標」をもつという一種の「信仰」を語ったが、歴史の起源と目標を設定することで、キリスト教的な視点が強く出てくる。こうした視点は仏教にはないとのコメントを提示した。それに対して福嶋氏は、今日、世界史を語ることが孕む問題性、および、ヤスパース自身が「枢軸時代」概念の理念性と歴史性という緊張関係を明らかにし切れなかったことを認めた。しかし同時に、その概念が奥深さと可能性をもっており、その概念の可能性をハーバーマスやベラーなどが引き継いで探究してきたと述べた。ヤスパースが言う「信仰」の語は確かにキリスト教的であるが、キリスト教からはみ出ているとも応答した。アスマンはヤスパースの「信仰」をカントの表現を用いて「統制的理念」と表現したが、それは自由とか平等、黄金律に表現される愛などの理念によって特徴づけられると述べた。さらに氣多氏は、ヤスパースの示唆した「新たな枢軸時代」が自由、平等、公正、共感、純粋贈与という理念をもつとの福嶋氏の表現について、それは西洋的価値観を示すのでは、との意見を述べた。それに対して福嶋氏は、黄金律や純粋贈与は世界中にみられるもので、必ずしも西洋的な価値観に限定されないと応答した。

 その後、全体討議がおこなわれた。最初に、「枢軸時代」の概念が成り立つには、「歴史とはなにか」の把握が必要であるとの意見が提示された。その意見に対して福嶋氏は、「枢軸時代」に伝統的な宗教や思想が現れたことは史実として確定できるが、その史実について、ベラーやアイゼンシュタットなどは詳論したと述べた。ただ、彼らに足りなかった点は、思想形成に貨幣経済が大きな影響を与えたことをよく認識していなかったことだと付言した。さらにヤスパースが歴史の「目標」を語ったとき、それは理念を語ることになったが、ハーバーマスもベラーも「遠き導きとしての理念」を語ってきたとも述べた。歴史をこのように捉えると、ある種の発展史観のようにみえるとのコメントが提示されたが、それに対して福嶋氏は、ヤスパースは終末すなわち地球の絶滅をも意識していたと述べた。その点に連関して、仏教にも末法思想のように終末論的な思想が存在するとの意見も提示された。

 さらに時間論的にみれば、ヤスパースの「枢軸時代」は西洋的な直線的時間論がその基盤にあるが、そこでは東洋的な円環的時間論が落ちこぼれている。ベラーの5段階から成る宗教進化論もキリスト教的な発想にもとづくもので、東洋的な時間論には受け入れにくいのではないかとのコメントも提示された。この点について福嶋氏は、ヤスパースもキリスト教を否定しているが、依然としてその枠組内に留まっていたことは確かだと返答した。ともあれ、「枢軸時代」に関する議論をインドや中国の研究者がおこなうとき、従来の研究とは異なる研究成果が出てくる可能性があることも示唆された。

 最後に、今年度の研究テーマである「公共性」や「公共圏」との連関性については、ハーバーマスがヤスパースの「枢軸時代」をふまえて思索を展開したことを考慮するとき、ハーバーマスのいう「公共圏」は自由、平等、公正の諸価値によって形成される。この点を考えるとき、ヤスパースの「枢軸時代」論をハーバーマスの「公共性」論と比較検討することも意義深いことが確認されて、充実した内容の全体討議を終えた。

第4回研究会

日時
2022年7月21日(木)18:00-20:00
場所
zoomミーティング
講師
小原克博(同志社大学教授)
演題
「世間」と「公共圏」の間から見える現代社会と宗教の関係
コメンテーター
宮本要太郎(関西大学教授)

 小原氏はまず、「世間」とは日本社会に固有の事情(人間関係など)を反映しているが、それと類似した諸事情は日本以外の社会にも見られる。宗教は各地域や各時代に固有の課題を際立たせる役割を果たしてきたと述べた。そのうえで、小原氏は阿部謹也やハーバーマスなどによって議論される「世間」や「公共圏」をめぐる論点を整理した。阿部によれば、個人は「世間」に対して、受け身の立場にたつことがほとんどであり、個人の行動を最終的に判定して裁くのは「世間」である。「世間」はこれまで排他的(exclusive)で差別的な構造をもつと同時に、人間も動植物もともに生きる世界として包摂的(inclusive)な特徴も併せ持ってきた。また「世間」は「規律と罰則」の構造をもってきたが、そこには同調圧力が高まる傾向が強いという。さらにハーバーマスによれば、リベラルな国家では、信仰をもつ市民は宗教的信念と世俗的信念のあいだで、一種の均衡を生み出す義務があるという。さらにバトラーの議論を援用しながら、小原氏は「共通(コモン)でないもの」があるからこそ、真に固有の差異が生まれると述べ、他者性を倫理の基盤に置く倫理的関係性を構築することの意義を強調した。

 次に小原氏は、近代日本の「世間」とキリスト教の関わりについて論じた。井上哲次郎は内村鑑三の不敬事件およびキリスト教を批判したが、そのおもな論点は「世間」(拡大すれば「国家」)から逸脱しないかぎり、信教の自由が認められるというものであった。イエスは「脱世間」(脱家族的秩序)を説いたが、それは家父長的な家族から人々を脱出させる力をもっていた。それは既存の社会秩序への挑戦であった。さらに小原氏は公共圏をめぐる論争として、欧米や日本における政教分離論争やイスラーム主義運動についても論じた。西洋では、世俗主義や政教分離(多様性に対する政治的対応)の議論が中心的であるが、日本では政教分離の境界が流動化するときがある。イスラーム主義運動は部族主義の「世間」から信仰共同体の「ウンマ」への流れのなかで把握できるが、それはインドのカースト制度の「世間」から、それを否定する「社会」への流れに対応しているという。

 さらに小原氏は「公共圏」と「公共性」を再解釈する手がかりを述べるとともに、「世間」の未来のかたちを示唆した。まず「不在者の倫理」に触れた。近代的な枠組みを批判し、過剰に人間中心的でも現在世代的でもない倫理規範を提示するためには、死者との対話や未来世代への責任意識が欠かせないという。過去および未来における不在者を記憶・想像することは、現在世代の私たちに具体的な倫理的責任を喚起させるという。また今日、移民の大量流入後のヨーロッパでは、複数の「世間」がせめぎ合っているが、そこには外国人労働者の増加による「世間」の多元化が見られるという。さらに、現代のオンライン時代には、「世間」の構成要素として「フィルターバブル」とその集合が大量に発生すると考えられるが、それは「オンライン上の世間」になっていくとも述べた。小原氏はこうした「世間」の変容を例示しながら、示唆に富む研究発表を終えた。

コメントと全体討議

 その後、研究プロジェクト委員長の小田氏の司会のもと、コメントと全体討議がおこなわれた。まず、コメンテーターの宮本氏は、阿部がヨーロッパには「世間」は存在しないと言ったが、必ずしもそのようには言えないので、阿部の「世間」論を相対化する必要があると述べた。また、日本の「世間」では、人間は動植物と共に生きており、先祖なども含まれるものである。「世間」は確かに排他的(exclusive)ではあるが、それと同時に包摂的(inclusive)でもあると論じた。またイエスの「脱世間」の教えは「イエスの方舟」事件を想起させる。その事件は当時、「世間」でバッシングされたが、それは「世間」が異質なものに敏感に反応することを示唆していると述べた。ところで、バトラーはコモンからはみ出されたものを包摂するような倫理の重要性を説いたが、「世間」では、共感(sympathy)の感情の対象は限定的である。一方、教祖がもっている「脱世間」的な力は「世間」解体の力ともなり、それが宗教運動となり教団化していく。ところが、教団それ自体が「世間」になっていくというジレンマがあるとコメントした。このコメントに対して、小原氏はこのジレンマを超えて、宗教内でいかに内的刷新がなされるかが宗教の課題であると返答した。

 また宮本氏は、イスラームやヒンドゥー教などの社会では、「公共性」や「世間」がせめぎ合っているが、宗教がいかなる立ち位置にあるのかを分析することによって、「公共性」と「世間」の多様な関わりかたが見えてくると述べた。さらに宮本氏は、小原氏が時間の都合で説明できなかった点、すなわち、「宗教のなかに閉じ込められてきた公共性を解放する」ことの意味に関する説明を要望してコメントを終えた。小原氏はその要望に対して、宗教は動植物や死者とのつながりを含めて、現在世代を超えた「公共性」のポテンシャルをもっているので、そのことを積極的に発言していくことが重要であると述べた。ちなみに、「共感」能力はポジティブな場合ばかりでなく、暴力的な場合もあるので、常に他者への関わりに留意していくことの大切さについても付言した。

 その後の全体討議では、まず、「公共圏」の定義に関する問いが提示された。その問いに対して小原氏は、それはヨーロッパ市民社会を前提とした概念であると回答した。その際、キーワードは個の自立とか確立であり、政教分離や世俗主義を前提としている。そうした言論空間が「公共圏」であると小原氏は述べた。ただ、小原氏が言う「公共圏」はハーバーマスなどの理性や合理性にもとづく議論の延長線上にあるのではなく、人間の痛みなども組み込んだ幅広い概念であることが確認された。さらに「世間」の多元化をめぐっては、来日した外国人労働者たちがもつ「世間」が、日本の「世間」のなかで変容されていくと同時に、それに吸収されない両側面があるのではないかとの問いが提示された。それに対して小原氏は、ヨーロッパでは民族間の居住空間の孤立化が当たり前になっており、それが新たな「世間」を形成している。日本の「世間」は外国人を疎外する傾向が強いことを自覚したうえで、それを他文化の人々を包摂できるような「世間」にしていくことが求められていると回答した。また、日本の伝統的な祭りなどに、他文化の人々を招いて、交流を楽しむことも相互理解に必要なのではなかろうかとの意見も提示された。小原氏はその意見に同意し、そのうえで、私たち日本人には宗教的リテラシーが必要であり、外国の人々をリスペクト(尊重)する態度が大切であることを強調した。

 さらに教祖の「脱世間」と教団の「世間」化の議論については、教祖にも本来、その両面があったのではなかろうかとの問いが提示された。その問いに対して、小原氏も教祖には両面があったことを認め、イエスもイスラエルの伝統を重視すると同時に、当時の宗教的な教えが人々を縛っていた、その縛りから人々を解放したと回答した。さらに宗教は教団化することで次第に形骸化していく。それは歴史の繰り返しでもあるが、宗教が形骸化したとき、それを刷新する力をどの宗教も内包していると小原氏は述べた。最後に、「公共圏」では、自由な討議が合意形成に至るというが、その場合、合意形成のハードルが次第に高くなっていく。たとえば、環境問題について、世界で合意形成がいかに可能なのだろうかとの問いが提示された。その問いに対して小原氏は、その合意形成の難しさを認めたうえで、宗教的価値観については中々、合意形成はできないが、気候変動への対応という喫緊の問題については、宗教の違いを超えて合意形成が必要であると回答した。さらにハーバーマスが言う「公共性」とか「合意形成」の意味を現実の課題に沿って整理しながら、問題点をさらに検討していくことの重要性を強調した。

 以上のように、「公共圏」および「世間」と宗教の関わりについて、研究発表をふまえて充実した内容の全体討議をおこなった。