学会の活動

公開講演会

2023年公開講演会

なぜ、日本社会は息苦しいのか ―同調圧力と「世間」―

日時
2023年3月11日(土)13:30~15:45
場所
キャンパスプラザ京都 2Fホール
講師
佐藤直樹氏(九州工業大学名誉教授)
コメンテーター 澤井義次(天理大学名誉教授) 
司会:那須英勝(龍谷大学教授)

 今年度の公開講演会は、3年ぶりに対面で、キャンパスプラザ京都 2Fホールにおいて開催された。今回の目的は、「世間学」の研究で知られる佐藤直樹氏(九州工業大学名誉教授)を講師として招き、現代日本の「世間」とその特徴を捉えなおすことにあった。当日は、まず、宮本要太郎会長(関西大学教授)の開会挨拶の後、佐藤教授が約1時間の講演をおこなった。その後、澤井義次教授(天理大学名誉教授)のコメントおよび活発な質疑応答がなされた。

 

佐藤直樹教授の講演

 大学で長年、法学を教えてきた佐藤教授は、日本社会では、「法のルール」よりも「世間のルール」のほうが影響力の強いことを自覚し、そのこともあって、「日本世間学会」の設立(1999年)に関わったと述べた。佐藤教授によれば、日本では、これまでも同調圧力が強かったが、特に近年、コロナ禍もあってその傾向がいっそう強くなってきた。同調圧力が強いことで、犯罪率は低いが、その反面、自殺率が高いという。ヨーロッパでも、12世紀ごろまでは「世間」が存在していた。ところが、キリスト教の浸透に伴い、12世紀ごろに消滅した。ちなみに日本では、「世間」は『万葉集』の時代から存在していたと述べた。

日本では、個人の集合体である「社会」はsocietyの翻訳語であるが、それはタテマエにすぎず実体がない。一方、「世間」はホンネである。そういうホンネとタテマエの二重構造が見られるという。また日本人が3人以上集まると、そこに「世間」が成立する。そこには「世間のルール」が存在するようになるという。ところが、その語は英語に翻訳できないと強調した。さらに「世間」には、同調圧力を生み出す4つのルールがあると述べた。それらは①「お返し」ルール(「贈与・互酬の関係」)、②「先輩・後輩」ルール(「身分制」)、③「出る杭は打たれる」ルール(「共通の時間意識」)、④ 「大安・友引」ルール(「呪術性」)であると述べた。

このように同調圧力が強い日本社会において、少しずつでも世間を変えていくには、どうすればよいのかについて、佐藤教授は次の3点を挙げた。つまり、①「世間」と社会を峻別し、「謎ルール」を見つけ出してつぶしてゆくこと。②日本では、SNSの匿名率は75%であるが、実名でも発信できる内容かどうかを立ち止まって考えること。③「空気は読んでも従わない」で、個人として考え行動すること。これら3点を挙げて、興味深い内容の講演を終えた。

 

コメント・質疑応答

 休憩に入るまえに、12年前の東日本大震災で犠牲となられた方々に哀悼の意を表すために、参加者全員で1分間の黙祷を捧げた。その後、澤井義次教授がコメントをおこなった。まず、佐藤教授は著書『「世間」の現象学』を出版しているが、こうした現象学的な試みは、「世間」を意味の世界として理解することを可能にするもので、日本宗教の意味理解にとって極めて意義深いとコメントした。また澤井教授は佐藤教授の議論を宗教の視点から捉えなおすとき、日本文化は「個人の宗教的信仰」と「生活慣習としての宗教」が有機的に重なり合う多元的・重層的な意味構造を成しているが、「生活慣習としての宗教」は目に見えない、いわば「同調圧力」となって、「個人の宗教的信仰」次元における「信仰の自由」をしばしば抑圧してきた。それは「空気」のように、「世間」の基層をなしてきたとも述べた。さらに宗教の教えは、既存の「世間」の価値を脱構築する力にもなるが、宗教の伝統が教団として存続していくと、「世間」でいう日常的な価値観を内包していく。地域社会では、「世間」と社会を峻別することは、いまだに極めて難しいのではなかろうかとコメントした。個人として考え行動することは、宗教の視点から見れば、「個人の宗教的信仰」を主体的に選び取ることを意味する。それは「親密圏」が解体している都市社会では、ある程度は可能であろうが、地域社会では、「親密圏」がいまだ根強く存在しており、「個人」は「世間」に吞み込まれているきらいがある。そのために、個人として考え行動することは、実際には、様々な苦労を伴うと考えられるとコメントした。

澤井教授のコメントに対して、佐藤教授はまず、「世間」をフッサール現象学の視座に沿って研究することの意義をあらためて強調した。また、いわゆる「世間教」は「個人の宗教的信仰」とは異なる構造をもっている。「個人」は「世間教」とは全く関係のない概念であり、両者は次元が異なると述べた。さらに都市社会でも、学校や職場などに生起する「親密圏」では、同調圧力のために様々な軋轢が起こるのではなかろうかと述べた。この発言を受けて、澤井教授も都市社会において、祭りの復活などに伴い、「親密圏」が回復するようになると、そこに同調圧力による軋轢が起こると考えられると付言した。

 その後、那須英勝教授(龍谷大学教授)の司会のもと、佐藤教授と参加者とのあいだで、次のような質疑応答がなされた。まず、「親密圏」が全く存在しないネット社会が、現代の「世間」を構成しているのではないかとの問いが提示された。その問いに対して、佐藤教授はそのとおりで、「世間」には様々なものがあり、固定的なものではないと答えた。また、宗教は社会に存在するのか、あるいは「世間」に存在するのかとの問いが提示された。その問いに対しては、佐藤教授は「社会」に存在する宗教は個人を中心とした宗教で、キリスト教やイスラームなどの一神教がそれに当たる。それは同じ宗教とは言っても、日本の「世間教」とか「日本教」と呼ばれる宗教とは全く違う。このように二種類の宗教が存在すると回答した。このように活発な質疑応答がなされ、最後に、宮本会長が閉会の挨拶を述べて、公開講演会を成功裡に終えた。